今日、叔父さんと2人でご飯を食べた。
幼い頃祖母の家に遊びに行くとたまに居た叔父さんは、僕が見たこともないアニメや聞いたこともないゲームをよくしていた。ブロッコリーは夜中外を練り歩く、カリフラワーはいずれ地球を侵略する、など口から出まかせを言っては僕を揶揄ってもいた。他の大人とは少し違う雰囲気や話をしてくれる叔父さんに不思議な魅力を感じ、よく懐いていたことを覚えている。しかし、あるとき叔父さんは祖母の家を出て一人暮らしをすることになり、会うことはほとんどなくなってしまった。その後順当に成長していった僕はたまに叔父さんと会うたびになにを話していいいのかわからなくなり、かつてはどんな話をしていたのかすらも全く思い出せなくなっていた。
僕が中学3年生くらいの時、叔父さんは結婚することになった。祖母の家に挨拶に来るということで、僕もその場に同席することとなった。久しぶりに会った叔父さんはかなりふくよかになっていたし、隣には素敵な女性を伴っており、大人らしくない大人だったかつての叔父さんはもうどこにもいなくなっていた。久しぶり、と挨拶を交わす以上のやり取りをすることが恥ずかしくてできず、なんでもないような顔をして僕は自分の世界に閉じこもった。加えて男子校出身で女性に対する免疫がなかったため、お嫁さんとろくに目を合わせることもできず、スマホゲームに夢中なふりをしてその場をやり過ごしたような気がする。お嫁さんは何かと話しかけてくれていたが、僕はそれらに相槌を打つだけで精一杯だった。叔父さんとすらもろくに会話ができなかったのに、見知らぬ女性とコミュニケーションを取るのはハードルが高すぎたのである。
そうしてめでたく叔父さんは結婚することとなった。後日結婚式が執り行われ、僕は初めて結婚式に参加することになった。誓いのキスをする叔父さんを見て、なんだか自分には関係のないドラマを見ているような心地がした。結婚式が終わって挨拶に回る叔父さんは、かつての叔父さんとは似ても似つかず、僕のよく知る大人の1人になっていたのだった。
またも順当に成長し、コミュニケーション能力もそれなりに身についた大学生になったころ、叔父さんはさらに脂肪を携えていた。綺麗だった奥さんが泣く子も、いや夫も黙る鬼嫁になったと愚痴をこぼし、赤ら顔でビールをあおっていた。意識的にだが会話もできるようになり、少しずつ叔父さんとの関係も修復されていった。いちおうLINEも交換したが、使うことはあるのだろうか。そんなことを思っていた。
就活が始まり、あまり順調ではない僕の現状をどこかで耳にした叔父さんから、様々なアドバイスが届くようになった。LINEでの会話は直接話すよりも敷居が低く、気兼ねなく色々と話をすることができた。僕の教育実習最終日である土曜日、今度ご飯でもどう?という連絡がきており、少し悩んだが、ここで断るのはなんだか無碍にしているみたいで引け目を感じてしまったし、実習が終わったことで浮かれていた僕は、なんとかなるだろうと楽観的に了承のスタンプを送信していた。
存外雰囲気や会話は悪くはなく、予想していたよりはそれなりに盛り上がっている食事会となった。あの会社はブラックだ、この会社は性格が悪い奴が多い、のような冗談を交えた就活の話から始まり、恋愛や結婚、果ては性のことと、親とはとても話さないような内容について叔父さんはあけすけに話し、また僕に尋ねてきた。普段親には言えないような鬱憤を吐き出すと、かつて祖母の家で聞いた笑い声が、個室に響いた。叔父さんは大人になったんじゃなくて、大人の面を手に入れたのである。僕がかつて面白がっていた''叔父さん''としての一面はなくなっていたわけではなく、ただ僕がそれを見つけられなかっただけだ。マイナーなアニメやゲームが好きで、ブロッコリーとカリフラワーが嫌いで、奥さんに頭が上がらない叔父さんは、父の日になにもなかったとへこんでいる。家族サービスしてないからなんじゃないと言うと、少し驚いた顔をして、そんな大人な冗談言うようになったんだね、と笑っていた。お面を手に入れたからね、としたり顔で言い、赤ら顔でハイボールをあおった。